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お久しぶりです、赤井先輩。

もう十五年くらい前の話なんですけど、いわき市のアマチュアパフォーマーが集まって演奏やら大道芸やら音楽をやったりするイベントがありまして、その時僕(小林)の後輩二人がやった二人芝居のタイトルが『さよなら赤井先輩』だったんですな。自分はこの作品には台本提供という形で携わっておりました。


自堕落な大学四年生の先輩に振り回される後輩の『僕』を通して見る、先輩との最後の一年間を描いたいわゆる青春モノで、作中のヘンテコエピソードは規模はさておきすべて実際に自分が体験した出来事が元ネタです。


客観的に見てもかなりぶっとんだ内容で、というか赤井先輩という男がかなり滅茶苦茶な奴でして、これ実際の話を元に作られてます、とか話しても絶対信じてもらえねーよな、とか思ってたんですが、公演終わって出てきたお客さんの中で学生さんらしい二人連れが「いるよね、ああいう先輩」と話しているのが聞こえて思わず天を仰いだのを憶えております。

いや、すげー嬉しかったんですよ。「あ、通じた」と思いまして。僕なんかはそういうのを目指して拙い台本書きに精を出してるもんで。ほんと嬉しかった。


前の公演(第二回公演「WANDERLUST」)終わって、19号台風騒ぎとかコロナ騒ぎとかで進めていた舞台(草野心平ネタでした)が没になってしまって、「ああ、うまくいかねえな」とぼんやりしてた頃だったんですが、「WANDERLUST」で客演して下さった郡山のcrato舎の大内(紫穂)さんから「酒でもどうよ?」みたいな声をいただきまして、

「おお、じょじょじょ女子と二人っきりでお酒だとう!?」などと鼻息を荒くして、まあ行ったのは色気もへったくれもないホルモン焼肉の店だったんですけど、むしろ俺が肉食いたかったのでそこにしてもらったんですけど、なんかそこで芝居の話とかすげえたくさんさせてもらって、その話の流れで「次どんなのやるんですか?」と聞かれて「いや、進めてたのがぽしゃったんで当面はやらねえと思います。人もいねえし」とか答えたら、「あ、じゃあ私とやりましょうよ」と。ちょっと待て今なんつった。やりましょうよ、だと? 


正気か。(なんてこと言うんだ)


まあ進めていた芝居で欲しかったのはチビだったので、これは一緒にはやれそうにないな、と思いつつ、その晩に泊ったまねきの湯の休憩所の片隅で、今日に至るほぼすべてのプロットが出来上がりました。今思い返しても我ながら狂気の沙汰とは思いましたが、とにかく目処が立ってしまった。一晩経って「いや、あれはよくある社交辞令やもしれぬ」などと思って悶絶したりしつつ、数日経っておそるおそる「いやあ、こないだはお疲れ様でした」と社交辞令なメッセージを送ってみたところ「お、台本できたんですか」と。


正気か。(二回目)


あと台本はそんな簡単にはできません。まあともかく、そのあとはアリオス発行のエンゲキアリペの編集委員をやってたツテなのか劇団ごきげんようで脚本書かせてもらったりなんだりで忙しかったのでだいぶ間が空いてはしまったのですが、今こうやって座組を組ませていただいてるのは今この段階でも不思議な気分です。いや申し訳ないというか、ありがたいというか。


「芝居の先輩と後輩の話を書こう」と思った時、不意に十数年前に書いたあの先輩後輩が脳裏をよぎって、まああいつらはむさくるしい男子大学生だったんですが、今回大内さんが演じる先輩の名前は自然と「赤井先輩」になりました。もうそれ以外にしっくりくる名前が無かった。これもやはり不思議で、結局前に書いた『さよなら』というタイトルが、今回のこの芝居の方向性を決定付けたのかなと。これも思えば不思議な巡りあわせではあるのですが、まあ、そんなこともあるのだろうと、そんな風に受け止めております。


作品の上で、懐かしい人々がやってきて、今ある僕と会話を交わして、出来上がったのがこの作品です。また身も蓋もなく全部を突っ込んでしまいましたが、またこいつを充分に演じきるにはあまりに力不足な我が身ではありますが、それでも、なんとか自分が形にしたいものを形にするため、それが人の目にどう映るかを確かめるために、頑張って舞台に立ってみようと思います。


なんかこういう長文はパンフの裏か公演終了後に出てそうな感じではありますが、まあちょっと勢いが余ってしまったというか、なんか気持ちがたぎってしまったな、という感じだったので。先走りと知りつつ出してみました。残り二か月。稽古日数は少ないが、可能な限り遠くへ、先の先へ。


まあ、やってみようかと。


長文でしたが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

またちょこちょこ話とかさせてもらいます。それでは、また。

 
 
 

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